2018年01月29日

【再掲-2】東日本大震災復興支援ボランティア-2 (2011年8月29日)


YouTubeプレゼン動画(最初の3分で概要が分かります)
yokosuka kyugosyo 480.jpg


横須賀市の災害時医療救護所の体制に関して、WAFAが要望や動画作成している訳のひとつに、東日本大震災の被災地での体験があります。
その時の、もうひとつの過去記事を再掲致しますので、先の再掲記事と併せてお読みいただければ幸いです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



復興支援市民ボランティアバス『フッピー号(第3便)』で再び岩手県の山田町に行ってきました。
総勢41名で、8月26日(金)夜に横須賀を出発して、前回(第2便)と同じ行程です。

27日朝から、宅地の瓦礫の片付け作業をしました。
建物の残骸など大きな部材は既に撤去されていますが、残っている破片や排水溝に詰まっている泥などをかき集めて土嚢袋に入れ、搬出しやすい道路際まで運び出します。コンクリート片や石、材木やガラスなどは機械的に作業できますが、割れた茶碗や箸などが土砂の中から出てくると、気持ちが揺れます。原型が残っている生活用品などは土嚢袋に入れずに別にとっておきます。
敷地はかなり凹凸がありますが、これは捜索のために掘り起こした跡だそうです。なるべく平坦になるように整地もしました。

ここで暮らしていた、作業依頼者の方が来て下さいました。「私たちには、未だ、ここを片付けるだけの気力が湧いてこないんです。皆さんにお願いするしかない状態です。どうか、よろしくお願いします」
私たちは復興を支援したくてこの場所に来て、今の状態を初めて見て、前向きな気持ちで片付け作業をすることができますが、この場所で育ち、ここの家並みと港を生活の場として暮らしを築いてきた人が、ある日突然、その総てを大津波に奪われてしまったら、そこから再び立ち上がろうとするのは容易なことではないと思います。しかも、この場所に家を再建できるのか、どこかに移転しなければならないのか、未だ分からない状況です。

P8270641.jpg
↑休憩中の写真です。


昼休みに近くの丘に上がってみました。
とても良い天気で、陽光を受けて穏やかな海が輝いて見えましたが、その手前には、この穏やかで美しい海が、この状況をもたらしたとは信じがたいような光景が広がっています。
P8270639.jpg
この後、港まで歩いてみました。
防潮堤が決壊したところには、石を詰めたトンパックを並べて積み上げてありました。その向こうには、水産加工所・倉庫・魚市場など総て廃墟になってしまった建物が並んでいました。岸壁も大きく歪んでいます。間近で見ると『大津波』の破壊力を嫌と言うほど見せつけられる思いです。


前回に続き今回も、山田町ボランティアセンターの皆様と、ここに常駐しておられる三重県ボランティアの皆様に大変お世話になりました。ありがとうございました。

今回、経験したこと・感じたことを、私たちの生活の場で活かしたい!という思いを胸に、被災地を後にしました。

_
posted by ワッファ! at 13:41| Comment(0) | 横須賀
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。